不倫相談塾-みんなの不倫事情-

不倫相手を離婚させたい人のための相談塾

8話 可能性として、喫茶店の風景

      2014/09/01

 - CASE02【束縛ムスメ】, 探偵読物 , , , , , , , ,

Time travels in divers paces with divers persons.
とウィリアム・シェイクスピアは書いている。まあ、要は時間はひとによって早さがちがう、ということだ。むろん、ちょっと私の知的さをアピールしておいたほうがいいかなと思って英文を引用したにすぎない。
このくらいの知的さはアピールしておかないと、楓さんの質問攻めにより、ボロボロになった私のプライドは保てない。
すでに桐田さんも、京子さんも、<束縛ムスメ>さんも、その彼氏も席を立ったあとである。20時19分。彼氏が来てから、20分足らずだったのか、と私は思う。
「意外に、すっぱり行ったね」と楓さんは言った。
「そうですね。ぼくのプライバシーはもうライフゼロですが」
「そんな言うほどキツい質問してないでしょうが」
なるほど。あれでさほどキツくないということは、キツい質問とは、裸足で逃げ出したくなるたぐいのものであろう、と私はげんなりする。
「さて、じゃあ、帰りますか」と楓さんは席を立った。

「あ、彼氏、ついたみたい」と<束縛ムスメ>さんが言った。
「見たい見たい」と京子さんと桐田さんは声を揃えて言う。
まんざらでもない様子で、仕方ないなァ、と<束縛ムスメ>さんが言った。
そこの娘と二股かけられてますよ、あなた、と指摘してあげたくなるくらい、まんざらでもない感である。
彼氏が、あらわれる。




歩みが止まる、というのが、もうこれ以上ないくらいに的確だった。
どうしようもないくらい、明らかにそこに違和感があって、なにかを<束縛ムスメ>さんが感じるのには充分だった。
ただ、しかし、こっちはここでは止まれない。
この彼氏が、桐田かなえさんと二股状態に、「まだ、ある」、ということを<束縛ムスメ>さんに示さなければ、なんの意味もない。微妙な空気の読み合いである。胃がキリキリする。
「あんたねー、それで誕生日プレゼントまだ選んでないわけ?」と楓さんはトーンをまるで変えずに会話を続ける。
「いや、いろいろ忙しくてですね……」と私は答える。
「そんなにチャンスが多いわけでもないのだよ? 大事にしたまえ」
厳しいことばである。胃がキリキリする。
「ど、どうも」と彼氏は申し訳程度のあいさつを試みた。
が、それはふたつの意味で失敗だった。
桐田さんに間で芸をさせるチャンスを与えてしまったことと、なにより<束縛ムスメ>さんがその動揺から、ついこのあいだの彼氏の浮気と目の前の女性を繋げてしまった。
「やー、カッコいいじゃん」と京子さんが言った。
むろん、桐田さんはここぞとばかりに、微妙な表情を見せる。
「どういうことですか?」と<束縛ムスメ>さんが言った。
京子さんはよくわからないという顔をし、桐田さんは、重く黙り込んだ。
「いや、どういう……って」
「知り合い、なんですね?」と<束縛ムスメ>さんは言った。
彼氏は立ったままである。
「いや、あの……。……はい」
「え、ちょっと、どういうこと?」と京子さんは相変わらず演技を続ける。
まるで演技くさいセリフなのに、まるで演技くさくないところが、京子さんのすごいところである。
<束縛ムスメ>さんは京子さんを完全に無視した。
その様子から、たまたまだということは理解したのだろう。ただし、それとこれとは別問題である。
「ねえ、この子なんでしょ?」と<束縛ムスメ>さんは彼氏にキツい語勢で尋ねた。
「……あ、うん」
「まだ、続いてんのね?」
「……いや、その……」
いいえ、とは言えない。なぜなら、桐田さんに暴露されれば立場がより悪くなるからだ。
「すまん」と彼氏はものすごい勢いで頭を下げた。
私と楓さんはことばを止めた。仕事なので、いたたまれない感じはないのだが、本来この場面に出くわせばいたたまれないに決っている。したがって、その感じは出しておかなければならない。
ちらりと、<束縛ムスメ>さんがこちらを見た。
楓さんはちょっとお花摘みに、と席を立ち、私はそれを待っています、という体でタバコに火をつけた。
「すまんじゃないでしょ、あんた、前に言ったよね?」
「いや、それはそうなんだけど……」
それはそうならもう仕方ない。どうしようもないことくらい、本人がいちばんよくわかっている。
ただし、その後、<束縛ムスメ>さんはありとあらゆる厳しいことばを、私やトイレから帰ってきた楓さんを気にすることなく、すらすらと彼氏に投げ当て続け、彼氏はそれをじっと受け止め続け、それはふと終わった。
あまりに唐突に終わったので、放送事故かなにかかと思うくらいであった。
そして、私と楓さんはあいも変わらず会話を続行させていた。
気になってはいますけど、聞こえてませんよ、というこういう場面独特のアピールはしておかなければならない。
「もう、2度と連絡しないでください」と<束縛ムスメ>さんは、沈黙を破って言った。
強く、きっぱりと言い切った。それが「私と彼に」なのか、「私に」なのか、それでこのあとの展開は大きく変わる。
「あんたも、私に2度と連絡しないで」
ぴしゃり、と彼氏に向かって、言った。
私はそれを聞くと、楓さんと私はほんの微かにアイコンタクトした。

これで、とりあえず、工作の段階はほぼ100%理想的な終了を迎えたわけである。
だが、ここから、もうひとつ、大きな仕事が残っている。
依頼者の佐賀さんである。
傷心状態の<束縛ムスメ>さんともしここで衝突するようなことでもあれば、以前よりもさらに関係が悪化することすらありうる。よし、あんなバカ男とは別れて正解だ、さあ、いい男と見合いをしろ、とでも言わない限り、そうこじれはしないような気もするが、
「よし、あんなバカ男とは別れて正解だ、さあ、いい男と見合いをしろ」と笑顔で言ってしまう佐賀さんの姿も想像できる。
「とりあえず、いまから佐賀さんに連絡しておくから、あんたはもう帰っていいよ」
「お疲れ様でした」と私は言った。

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